A.竹澤さんが天然染色にこだわっている理由を聞いてみたことある?
B.竹澤さんは染色歴44年の大ベテランだけど、最初十数年かけて取り組んだ植物染色では満足する結果が得られなかったそうだ。何が不満だったかというと発色と染色堅牢度、それにコストだったという。合成染料に比べると明らかに劣っているという結論だった。それなのに多くの人が天然染色にあこがれるのは、何か理由があるに違いないと思い直したようだ。そんな時たまたまある機械を使って染色結果の解析をしていたところ、天然染色のものは反射率曲線が複雑で、特に紫外部の波長が合成染料で染色したものと決定的に異なることに気づいたんだ。実験データで反射光のゆらぎというやつを捉えた訳だ。
A.じゃあ、また一からの出直し。
B.そういうことにはならないと思うけど、天然染色の基本的特徴が、視覚に柔らかさとやさしさを与えているという確信は大きかっただろうね。よく遠くの緑を見ると目にいいとか、秋になればほとんどの日本人が紅葉を楽しんだりするのは、生理的に心地よいことが人間の体にインプットされているからだろう。また、天然染料で染めた布が、光源の変化で色が変わって見えるというのも、天然染色の色情報に複雑なものがあり、それが微妙に影響しあっている。古代の染色が美しいという秘密もこの辺にある。
A.でも十数年もかけて失敗したんだろう。合成染色に軍配を上げた。
B.そこからが竹澤さんのすごいところさ。古い文献を徹底的に研究し、気の遠くなるほど実験を繰り返してデータを集め、一つ一つテストしているんだ。合成染色に負けない堅牢度の高い天然染色。
A.天然染色では無理だといっている染色家も少なくないよ。亡くなった久保田一竹さんとか、他にも。
B.具体的なことは秘密だろうが、竹澤さんに言わせれば、使用する材料を吟味することと染色方法(修練を積んだ技術)をきちんと守れば決して不可能ではない。もちろん染め方は易しくないし手間もかかる。さらに色を掛け合わせることでかなり複雑な色もだせる。この技法は世界に類を見ない日本独自のものだ。
A.確かにいろいろな色があるね。今回は「江戸の色」がメインになっているから渋いものが多い。そういえば植物染色に関心の高い人が集まっている会でワークショップをやったら、大変な評判になったと聞いたことがある。普通は黄色を染める苅安で、きれいなグリーンを染めて見せた。
B.それも実験を繰り返しているからできる技でね。まさに実験の鬼だよ。化学者的な手法。竹澤さんの場合、古いやり方を研究してるんだけど、それをそのまま踏襲するんじゃないんだ。古いままだと堅牢度が足りなかったりコスト的にも厳しいものがある。古法を研究しながら新しい技術で染める。そこがミソなんだ。
A.いつも言ってる現代人の実用に耐えるというやつかな。古法にのっとって美しい色を出す人はいる。しかし、そのやり方は使う人が限定されていた時代の染めもので、竹澤さんが最初に失敗と感じたものと同じだ。
B.竹澤さんの偉いところは天然染色では実用に向かないものが現段階であることを認めている。薄い色は堅牢度を保つのが難しいからね。しかし、いずれその領域もカバーできる見通しはあるようだ。
A.プロとしての気概を感じるね。絹の反物だけじゃなく「のれん」なんかも染めていて、そっちの評判も悪くないようだ。今までまとめて発表したことがほとんどないから今回の展覧会は楽しみだ。