現代の衣生活の中で、きものはもはや非日常的なもの、晴れの衣料にになってしまったのだろうか。
わが国のきものは伝統的民族衣装として発展してきたが、おそらくきものほどクリエイティブで文化性の高い衣裳は世界中を探しても見当たらないに違いない。われわれ日本人はきものの意匠に自然の情景や季節感をおり込んだり、文学や詩歌を連想させる絵画的な模様を表現するなど、衣料というもっとも日常性の高いものに自らの生の喜びを託してきた歴史を有している。
価値観が多様化する中で低迷する和装業界だが、着る人を喜ばせ、わくわくさせるようなきものを制作している人はまだまだ健在だ。数を量産することよりも着る人の立場を思い、心から楽しんできものを着てもらいたいと考えている作り手たちは真剣なのである。
もともと、きものは着る人が自分の好みに合わせて作るものだった。着る人自らがデザイナーだったのだ。時代が変わっても着る人たちにとって、作り手の顔の見えるきものは魅力的なはずだ。本来きものはそうでなければならない筈のものなのである。そうした自覚は作り手の側にも同じようにあると思う。
本展では、京都・金沢と並ぶ染織の一大産地である東京に拠点を置き、前述したような姿勢を貫いて活動している作家に出品をお願いし、伝統に裏打ちされた確かな技を紹介すると同時に、それを基盤としながら、しなやかで自由な発想から生み出されるより創造的な作品を紹介したいと考えている。
◆出品作家
大河内美登里、小倉貞右、加茂芳雄、小宮康正、白石憲喜、地引千恵子、高橋孝之、高水勝良、玉造諄子、寺沢森秋、西沢幸雄、真鍋道郎、森久保安奈