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石原 実

6月の展覧会
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石原実染色展
6月5日(水)~23日(日) 
11:00-17:00 火曜休館 一般300円 学生200円

1998年発行の「染織α」2月号に石原実の書いている文章がある。染色の道に進むことになった動機を聞かれると、いつも困ってしまうのだが、小学生のときに出会った童話に『ほんとうの空色』(ハンガリーの映像作家、バラージュ・ベラ作)という本があり、その中に出てくる「ほんとうの空色」という絵具が石原の心の深い部分に沈んでいて、なにがしかの記憶を呼び戻すから、染色の道に進めたと思うことにしている、というものだ。一人の絵の好きな小学生が成長して染色を志し、30年近く続けてきた仕事を振り返るときの言葉としては、美しすぎる話だが、これほど石原の思いを伝えてくる文章もない。
石原が取り組んできた染色の道はまさしく「ほんとうの空色」を探り「ほんとうの自分」を見つける旅であった。
石原は紅型の模写から始め、型絵染、絞り染、ローケツ染、藍染、シルクスクリーン、友禅染などありとあらゆる技法に挑戦してきた。染色というのは布に色を染め、あるいは防染を繰り返して自分のイメージを表現することだから、そのための手段として必要な技法は学んでおこうと思ったのである。いろいろな技法をこなすことが作家にとって必要なことではないが、「ほんとうの空色」を求めてきた石原にとって、布がどのようにして染まるかは重要なことであり、新たな実験を試みるためにも欠かせない通り道だったように思える。
経験を積み重ねるうちに、染色を既成のものと考えるのではなく、自分の枠組みで捉えなければならないと考えるようになった。確かに伝統的な技法にはそれなりの存在理由があるだろう。しかし、技法に縛られたくないという思いもあったのである。自分の枠組みというのは、作品のイメージと素材の持つ背景(歴史・自然・社会など)との往復運動、そしてそれらが渾然一体となるような世界を作り上げることだという。

装置としてのマーブリング

染色を自分の枠組みで捉えるという事は、言葉を変えれば人が生きるということについて考えるに等しい。
石原は1995年からマーブリングによる布の作品を発表するようになった。友禅染や型染とマーブリングを併用したこれらの作品は、これまでに見たこともないような奥行きのある神秘的世界を表現しており、いろいろな公募展で賞を受賞するなど大きな注目を浴びている。苦労の成果が認められたともいえる。
水を触媒として広がるマーブル模様は墨流しと同じく、まったく新しい技法ではないが、ヨーロッパの製本装丁によく使われ、日本にも紹介されている。たまたま古書街でマーブリングを施した本と出合い、その美しさに魅了され、何年も前からその技法習得に独力で挑戦を続けていたのだった。試行錯誤を幾度も繰り返したというが、その長いプロセスは染色の枠組みを見直すために必要でかつ大切な時間だったとも思える。
マーブリングの技法自体は単純だ。水に少量の糊を溶かし、その水面に染料を落として道具で模様を作り出し、それを布に写しとる。単純なだけに奥が深く、水面の模様をコントロールするのは容易でない。表現したいイメージをしっかりと留めて置かなければ、模様の偶然性に押し切られてしまうからだ。
石原は今年度の染・清流展に Landscape with the sun and the moon という麻布のタペストリーを発表した。友禅染で下処理した布にマーブリングを重ね合わせたもので、墨と藍色が混じったようなモノトーンの世界に柔らかな光が差し込んでいる作品だ。抑制された色使いは、静謐感や静寂性を見るものに呼び起こす。幾何学的な模様とマーブリングの模様が組み合わさって幻想的な世界を醸しだしている。全てが自然の情景に包まれているような錯覚を引き起こす。太陽も月も、森も水も空気も自然の鼓動と共に呼吸しているようだ。
石原の作品がイマジネーションに富んでいるのは、彼が大変な読書家で、文学を好み芸術の何たるかをいつも見つめようとしているからである。特に宮沢賢治の世界には思いがあったようで、いくつもの作品タイトルが賢治の童話から取り入れられている。本を読むのは知識を得るためだけではない。自然と夢が膨らみ想像力の糧となるに違いないと信じているからなのである。私たちは現実を離れて生きられないが、今日が過去から繋がっているように、本の世界も現実と繋がっているのかも知れない。
最近石原はマーブリングの技法が作品を生み出すための特別な装置に思えて仕方がないという。もしかするとこのマーブリング装置こそ「ほんとうの空色」なのではないかとも。
30年近く関わってきた染色の道のりをたどれば、確かにマーブリングは一つの到達点であり、光明を与えたに違いない。しかし、もの作りを志したものに安住の地はない。更なる研鑽が更に素晴らしい作品を生み出すと信じている。




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